子どもの「痛い」は脳が作り出す”本物の体験”
問題の本質:
「まだ何もしてない」のに泣く子どもは、嘘をついているのではなく、過去の痛み記憶が「今まさに起きている」かのように脳内で再生されている。
今日からできる理解の転換:
「大げさ」「わがまま」ではなく、「記憶の条件付け」という脳の自然な反応だと知ることで、対応の軸が「説得」から「安心の積み重ね」に変わる。
期待できる変化:
親が「わかってくれてる」と感じると、子どもの防衛反応が緩み、少しずつ「試してみようかな」という気持ちが芽生える。
「シャンプーついてないのに痛い」は、脳科学で説明できる
脳は”過去”と”今”を混同する
大人の感覚では、「シャンプーが目に入ってない=痛くない」は当たり前の事実です。
でも、一度強い痛みを経験した子どもの脳は、関連する刺激だけで”痛み回路”を起動させます。
これは脳科学で「条件付け」と呼ばれる現象です。
わかりやすい例:
- 梅干しを見ただけで唾が出る(食べてないのに)
- 病院の匂いを嗅いだだけで緊張する(注射されてないのに)
- 犬に噛まれたことがある人が、犬を見ただけで心臓がドキドキする
シャンプーを嫌がる子どもも、これと同じ。「シャンプーボトル」「お風呂場」「『頭洗おうか』という言葉」が、過去の痛み記憶のスイッチになっているのです。

記憶は”感覚”とセットで保存されている
人間の脳は、出来事を単独では記憶しません。
その時の感覚・匂い・音・場所などとセットで保存します。
以前、シャンプーが目にしみて痛かったとき、脳はこんな情報を一緒に記録しています:
- 視覚:シャンプーボトルの色・形、浴室の風景
- 聴覚:シャワーの音、親の声のトーン
- 触覚:お湯の温度、泡の感触
- 嗅覚:シャンプーの匂い
- 感情:「怖い」「痛い」「逃げたい」
そして、これらの刺激のどれか1つに再び触れると、脳は瞬時に”あの時の痛み”を思い出し、体が反応してしまうのです。
「まだ何もしてない」のに体が反応するメカニズム
子どもがお風呂場に入る前から泣き出すのは、脳が「危険予測モード」に入っているからです。
脳内で起きていること:
- 「お風呂に入る」という状況を認識
- 過去の記憶データベースを検索
- 「前回、ここで痛かった」という記憶を発見
- 警報システム作動:「また痛くなるぞ!」
- 体が緊張・心拍数上昇・涙が出る
この一連の反応は、子どもの意思とは無関係に、自動的に起きています。
だから「泣かないで」「大丈夫だよ」と言っても、脳の警報を止めることはできません。
「予期不安」が作り出す”未来の痛み”
不安が強いほど、体の反応も強くなる
「まだ起きていないことを怖がる」気持ちを、心理学では予期不安といいます。
予期不安が強い子どもは:
- 「もしかしたら痛くなるかも」→「絶対痛くなる」と確信する
- 「少し水がかかる」→「顔全体が水に埋もれる」と想像する
- 「前回は大丈夫だった」→「でも今回は痛くなるかも」と思う
つまり、実際の体験より、想像の中の体験の方がはるかに恐ろしいのです。
予期不安のサイン
お子さんにこんな様子がありませんか?
- お風呂の時間が近づくと、そわそわし始める
- 「今日は頭洗わないよね?」と何度も確認する
- お風呂場に入る前から「やだ」「怖い」と言い始める
- 過去の「しみた時」の話を繰り返しする
- 親が「大丈夫」と言っても、全く信じない様子
これらは、脳が「警戒モード」に入っているサインです。
「大丈夫だよ」が届かない理由
親は安心させようと「大丈夫だよ」「痛くないよ」と声をかけます。
でも、予期不安が強い子どもには、この言葉がかえって不安を強めることがあります。
子どもの頭の中:
- 「痛くないって言ってるけど、前も痛かった」
- 「大丈夫って言う時ほど、何か怖いことが起きる」
- 「わかってくれてない…もっと訴えなきゃ」
結果、ますます泣いて訴えるようになります。
では、どうすればいいのか?
否定ではなく、共感から入ることが第一歩です。
❌「痛くないよ」(子どもの感覚を否定)
⭕「怖いんだね」(子どもの感覚を受け止める)
❌「泣かないで」(感情を抑圧)
⭕「怖いよね。ママもわかるよ」(感情を承認)
「わかってもらえた」という安心感が、予期不安を和らげる第一歩になります。
記憶を”上書き”するには時間と安全体験が必要
「説得」では記憶は変わらない
「ほら、今日は痛くなかったでしょ?」と何度言っても、脳の記憶回路は簡単には変わりません。
なぜなら、脳は”危険を避ける”ことを最優先するように設計されているから。「1回痛かった」という記憶は、「10回痛くなかった」という経験より強く残ります。
記憶を上書きする唯一の方法
それは、「安全だった」という体験を、何度も何度も積み重ねることです。
上書きのプロセス:
- 「今日は前髪だけ濡らした→痛くなかった」
- 「今日もお湯だけで流した→大丈夫だった」
- 「今日は泡を少しつけた→しみなかった」
- (これを数十回〜数百回繰り返す)
- 脳の記憶:「お風呂=安全な場所」に徐々に書き換わる
この「積み重ね」には、数週間〜数ヶ月かかります。
焦って無理をすると、かえって「やっぱり怖い場所だった」という記憶が強化されてしまいます。
小さな成功体験を設計する
記憶の上書きには、「できた!」という成功体験が不可欠です。
そのために必要なのは:
①目標を限界まで小さくする
- 「全部洗う」ではなく「前髪だけ濡らす」
- 「シャンプーをつける」ではなく「お湯だけで流す」
- 「シャワーで流す」ではなく「コップで3回だけかける」
②「できる」ことだけやる
- 子どもが「これならできるかも」と思える範囲だけ
- 少しでも嫌がったら、そこで中断
- 「今日はここまで」を子ども自身が決める
③結果ではなく、挑戦を認める
- 「全部洗えた」ではなく「お風呂に入れた」
- 「泣かなかった」ではなく「最後まで座ってられた」
- 「できなかった」ことは責めない
「この子なりの理由」を知ることが、関わりを変える
子どもの世界を”のぞく”視点
シャンプーを嫌がる子どもを見て、つい「わがまま」「大げさ」と思ってしまうこともあるかもしれません。
でも、その子の頭の中では:
- 過去の痛みが”今”起きているかのように感じている
- 「また痛くなる」という確信が体を支配している
- どんなに「大丈夫」と言われても、脳の警報が止まらない
つまり、子どもは本当に苦しんでいます。
理解が変われば、対応が変わる
「なぜこの子はこんなに嫌がるんだろう?」と問いかけることで:
- 「無理にやらせる」→「安心できる方法を一緒に探す」
- 「早く慣れさせる」→「時間をかけて記憶を上書きする」
- 「泣かせない」→「怖い気持ちを受け止める」
という関わりに自然と変わっていきます。
親の焦りが、子どもの不安を強める
「早く普通に洗えるようにならなきゃ」という焦りは、親の表情や声のトーンに表れます。子どもはそれを敏感に感じ取り、「やっぱり自分はダメなんだ」「ママを困らせてる」と思ってしまいます。
だからこそ、まず親自身が「焦らなくていい」と思えることが大切。
- 毎日洗わなくても、健康上の問題はほとんどない
- 2〜3日に1回でも十分
- 「今できること」を続けていれば、いつか変わる
この余裕が、子どもの安心につながります。
5分でできる”理解の転換”ワーク
今日から実践できる、小さなステップを3つご紹介します。
ステップ1:子どもの「怖い」を言葉にする(所要時間:2分)
次にお風呂で嫌がったとき、「痛くないよ」ではなく、こう言ってみてください:
「怖いんだね。前に痛かったもんね」
それだけで、子どもの表情が少し緩むかもしれません。
ステップ2:「できなくてもいい」と伝える(所要時間:1分)
「今日は頭洗わなくてもいいよ。お風呂入るだけでもすごいよ」
この言葉が、「できなきゃダメ」というプレッシャーを外します。
ステップ3:「前回との違い」をメモする(所要時間:2分)
お風呂から上がった後、小さなメモに記録してみてください:
- 「今日は泣かなかった」
- 「今日は自分から座った」
- 「今日はタオルを自分で取れた」
**変化は少しずつですが、確実に起きています。**メモを見返すと、それが見えてきます。
“子どもの心の動き”をもっと深く理解する
今回の記事では、脳科学・心理学の視点から、「なぜ子どもは『まだ何もしてない』のに泣くのか」を解説しました。
でも、こんな疑問も浮かんだかもしれません:
- 「感覚過敏って、具体的にどういうこと?」
- 「水や泡の感触そのものが苦手な子には、どう対応すればいい?」
- 「実際に他の親はどんな工夫をしているの?」
そんな”共感ストーリー”と”感覚過敏の理解”は、無料noteで詳しく解説しています。
👉 「シャンプーが目に入ってないのに痛い!」お風呂で大騒ぎする子どもへの理解と寄り添い方(無料)
子どもの世界がどう見えているのか、やさしい言葉で読むことができます。
「具体的な声かけ・手順・記録シート」はメンバーシップで
この記事では、子どもの脳と心の動きを理解することに焦点を当てました。
でも、実際の現場では:
- 「2歳の子には、どんな言葉で伝えればいい?」
- 「パニックになったその瞬間、どう対応する?」
- 「段階的に進めるって、具体的にどんなステップ?」
- 「記録をつけたいけど、どんなフォーマットがいい?」
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✅ 年齢別(2〜3歳/4〜5歳/6歳以上)の声かけ実例集
✅ 恐怖のレベル別・段階的アプローチの詳細手順(第1段階〜第4段階)
✅ パニック時の対応フローチャート
✅ 感覚過敏が強い子への環境調整チェックリスト完全版
✅ 「うまくいかなかったとき」の次の一手
✅ Q&A——でよくある質問
「わかる、これなら試せる」と思える情報を、これからも一緒に深めていけたら嬉しいです。
毎日のお風呂が少しでも穏やかな時間になりますように。
あなたの子どもへの丁寧な眼差しは、きっと伝わっています。
ゆうたま
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